【体験談①】胞状奇胎を経験しました!(発覚~手術まで)

 

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はじめに

私は2011年9月、当時28歳で長男を出産し、長男が生後7ヶ月となった2012年4月に次の妊娠が発覚しました。

 

思ったより早い第2子の妊娠に戸惑いもありましたが、夫と2人で喜び『年子は大変かもしれないけど、可愛いだろうな。楽しみだな。』と想いをふくらませていました。

 

そんな中、受診した産婦人科のエコー検査で異常を指摘されました。

✔ 28日周期なら(私は元々周期は長めで35日前後でした)妊娠8週に入っていて、この時期であればはっきり見えるはずの胎嚢が確認できない

✔ 黒い袋状のものがいくつか確認できる

✔ 確認できる黒い袋状のものは通常の胞状奇胎のものよりも大きく感じる

この時点で、はっきり胞状奇胎であると断定はできないとのことで、採血をしてこの日は帰宅しました。
 
きちんと胎嚢が確認できて「おめでとうございます」と言われ、ウキウキしながら帰るつもりが一転!!
 
 
まず、胞状奇胎というものがどんな病気なのか知らなかったし、気になって気になってそのことばかり考え検索し・・・知っては落ち込み・・・出てきたエコー画像と自分のエコー画像を何度も見比べてみたりしていました。
 
 
私と同様、夫もショックを受けており、仕事中もそのことばかり考えていたそうです。
 
 
このようにして始まった私の胞状奇胎との関わり。
 
今回は胞状奇胎という病について書いていきたいと思います。
 
 
当時書いていたブログと合わせて私の体験談も書いていきますので、どなたかの参考になれば幸いです。
(当時、私も胞状奇胎を体験された方のブログをたくさん読んで励まされたので・・・)
 

胞状奇胎とは

私も自分が胞状奇胎になるまではどんな病気なのか全く知らなかったし、聞いたこともなかったのですが、胞状奇胎は子宮外妊娠と並んで異常妊娠では代表的なものだそうです。

 

著名な方では、2015年夏にサッカーの大久保嘉人選手の奥さまが胞状奇胎になられ、抗がん剤治療も受けられています。当時、大久保選手と3人の息子さんが奥さまを応援するために丸坊主になったことで話題となりました。

 

また、美智子様も2回目の妊娠で胞状奇胎を経験、その後、秋篠宮様と紀宮様を出産されています。

私も母に自分が胞状奇胎だったことを告げたとき、『美智子様もなった病気だから大丈夫!』と言われ、何故だかちょっと元気が出ました。

 

病態

胞状奇胎は、絨毛性疾患の一種です。

 

私がかかっていた病院の先生曰く簡単に言うと、子宮内に胎児がいなくて、胎盤だけがどんどん増えていっている状態とのこと。

 

絨毛が変化して出来た小さな袋がたくさん出来て、それがブドウの房のように見えるので、昔は「ブドウ子」と呼ばれていたそうです。

 

ケースとしては、絨毛部分が異常増殖しても胎芽部分も発育している場合を「部分胞状奇胎」、胎芽部分が全く発育せず子宮腔内が絨毛の異常増殖だけで占められている場合を「全胞状奇胎」というそうです。

 

部分胞状奇胎の場合、最も多い原因は2精子受精と言われ、一度に2つの精子が受精することで発生します。

この場合、胎児成分があるので、中には胞状奇胎でありながら胎児は成長していくこともあります(胎児共存奇胎/出産例もあり)。

 

全胞状奇胎の場合は、受精後何らかの原因で卵子の核が消失、またはもともと核をもたない卵子に精子が受精し、精子の染色体だけを使って細胞分裂が始まったもの

父親の遺伝情報のみなので、胎児成分を作ることは出来ません。

 

術後の病理検査で分かりましたが、私の場合は「全胞状奇胎」でした。

 

侵入奇胎と言って、奇胎組織が子宮筋層に侵入した状態というものもあるのですが、多くは胞状奇胎後の6ヶ月以内に生じるそうです。

胞状奇胎が侵入奇胎に発展する確率は、部分胞状奇胎で3%、全胞状奇胎で10%程度です。

また、胞状奇胎から絨毛癌になる確率は3~5%だと言われています。

 

私がかかっていた産婦人科の先生は「胞状奇胎は、西洋人に比べると、東洋人の方に多い疾患」と言われていましたが、でも、日本でも昔に比べると、胞状奇胎に罹患する人は減っているし、さらにはそこから絨毛癌になる人の割合も顕著に減っているそうです。

それに、胞状奇胎から絨毛癌を発症したとしても、現在は抗がん剤なども発展していて、「治る病気である」と言われました。

それでも当たり前ですが嫌なもんは嫌でした・・・

 

症状

代表的な症状を一言で言うと、つわりがひどいのに切迫流産の症状がある

普通の流産の場合はHCGの値も下がっているため、つわりの症状もなくなってくるのですが、胞状奇胎の場合は子宮内で奇胎が増殖し続けているため、HCGの値は上がりつわりの症状もひどいということになります。

 

あと、他の典型的な症状としては、

✔ 妊娠週数に比して子宮が大きくやわらかい

✔ 超音波所見で多数の粒状陰影が認められる


✔ 尿中(ないし血中)のHCG量が異常高値を示す

などがあげられます。

でも、上記の例は典型的な例なので、これに当てはまらない場合もあります。

 

私の場合は、

✔ つわり:長男の妊娠時と同じく食べづわり(でも、ひどくはない)

 

✔ 超音波所見:袋状の組織は数個確認できたが、小さいものがたくさんというわけではなかった(初めにかかったクリニック)


✔ 血中HCGは最終月経から考えると、基準値内(11万ちょっと)。でも、「微妙な値」だと言われた


✔ 子宮の内容物は多いと言われた(紹介後の総合病院)

という感じでした。

 

胞状奇胎の可能性が…と言われて、いろいろ調べているときは、「自分は典型的な例とは違う!」って思っていたけど、実際は結構当てはまっていたかも…。

血中HCGについては、はじめに通っていたクリニックで、そのクリニックで今までに扱った胞状奇胎の患者さんのHCGの値を教えていただいたりもしたのですが、私よりも少なくて8万台の方もおられました。

 

なので、上に挙げたのはあくまで典型的な例。

かならずしも、それに当てはまる、というわけではないんですね。

 

胞状奇胎の治療

まず、第一は子宮内掻爬をすること。

 

この子宮内掻爬は通常5-7日を開けて2回することが多いそうです。

胞状奇胎では子宮がかなり軟らかくなっていて掻爬操作によって子宮に穴を開けてしまう可能性があること、および2度の操作を行うことで子宮内容をなるべく完全に除去することが理由とのこと。

 

私は「2回目を行うかどうかは、様子を見て決める」と言われ、結果1回のみで終わっています。

 

 

掻爬によって子宮の内容物を除去すると、その後はHCGが減少し通常の非妊娠レベルまで下がるはずなので、以後はこのHCGの値を追いかけることで、胞状奇胎後の管理を行うそうです。

【HCG量の低下の目安】(再掻爬後)
5週で1000 IU/l以下
8週で100 IU/l以下
12週でLHレベルまで低下

となっています。

HCGがちゃんと下がっていれば経過順調と考えていいそうです。

 

一旦低下したHCG量が再増加したり、順調に減少してこない場合には侵入奇胎の可能性、ないしは絨毛癌への移行を考慮して、
子宮全摘
抗がん剤治療
を行います。

どちらを選択するかは、本人の病状、挙児希望があるかどうかで決まってくるそうです。

 

手術内容

私が病院からもらった同意書に記載されていた手術内容です。

【治療の内容と性格および注意事項】

①手術開始の半日前に、子宮口をゆっくり広げるためにダイラパン・ラミナリア・ラミセルのいずれかを挿入します。

②麻酔は通常は静脈麻酔で行います。

③子宮口を、頸管拡張器を用いて更に広げます。

④子宮内容を、鉗子や吸引器を用いて丁寧に除去します。

⑤出血の状態や子宮内部に異常がないことをよく確認し、手術を終了します。

⑥特に問題がなければ手術自体は約15分で終了し、さらに約2時間で麻酔から覚醒します。

 
 
また、以下のように『治療に伴う危険性』についても記載されていました。
①感染:抗生物質を内服します。

②出血:まれですが、輸血や子宮摘出を要することがあります。

③手術によって子宮内容が十分除去できない場合や、術後長い間出血が続く場合、再手術を必要とすることがあります。

④麻酔によるアレルギー反応やショックなどの事故、子宮穿孔(穿孔:穴があくこと)

病院での説明もそうですが、こういう場合って『万が一の場合』も説明されるので、ちょっと怖くなってしまいますよね。
 
でも、こういった危険性は『絶対にないものではない』ので、説明もしっかり聞いて理解しておく必要があります。
 

手術体験談

手術前日(入院日)

私は手術の前日に入院しました。

お昼過ぎに入院し、夕方までは夫・当時生後8ヶ月になっていた長男とともにロビーで過ごしていました。

この入院まで長男とは長時間離れたことがなかったので、長男のことが心配だったし、何より自分自身がとっても寂しかったのを覚えています。

 

この日は前処置として、子宮口を広げるために細い棒状のもので徐々に膨らむものを入れました。

涙が出るほど痛いけど、経産婦だったら少しはマシともいう話を聞いてドキドキしていました

結果、何とも言えない痛さで変な汗をかきました^^;

涙が出るほどではないけど、早く終われ~と思っていました。

入れたあとの痛さは軽い生理痛くらいで、鎮痛剤は飲まなくても大丈夫な程度。

 

手術を受けるにつき、私は完母で育てていた長男の授乳のことが心配だったのですが、看護師さんに確認すると、「明日は授乳は出来ないけど、明後日からは出来ます。」との答え。

内服する抗生物質も妊婦さんにも使うものなので、問題はないと話されていました。

 

長男も私の入院中は粉ミルクで対応。

それまでは哺乳瓶も拒否したりであまり使ったことがなかったのですが、夫曰く「自分で持って飲んで、飲み終わったら投げ捨てて勝手に寝ていた」そうです(笑)。

 

手術当日

当日は手術開始の1時間ほど前から点滴開始。

手術は病棟内にある処置室で行われました。

 

麻酔は静脈麻酔で、点滴の管から入ります。

麻酔の薬が入る時に、針が刺さっているところが少し痛くなって、しばらくするとボーっとしてきました。

 

手術中の記憶はありませんが、ずーっと夢を見ているようなふわふわした感じ。

でも、遠くのほうで先生たちの声が聞こえていてたまに様子が見える(私が朦朧とする中でたまに目を開けていたんでしょうね^^;)。

 

夢の中ではふわふわしたオレンジ色と黄色の中にいて、何かに包み込まれる感じがしました。

最後の方で、羽のはえた丸々した赤ちゃんが笑顔で上へ飛んでいって・・・。

私たちの元へ来ようとしてくれた赤ちゃんなのかなーって思いました。

(私は全胞状奇胎だったので、胎児の組織はなかったのですが・・・)

 

手術後はストレッチャーに乗せられて病室に戻りました。

とにかく眠くて眠くてずーっとふわふわ状態でした。

 

手術のことについて当時書いたブログがこちらになります。

当時はアメブロを利用していて、手術前後の気持ちや調べたことなども書いてあるので、興味のある方はご覧ください。

 

術後の説明

術後の説明は夫が受けました。

 

担当医が書いた説明書には以下のように書かれていました。

全胞状奇胎の可能性が高い。
異常妊娠です。

本日、子宮内膜除去術をおこないました。


全胞状奇胎のうち約10-15%が続発症(ある疾病が引き金となって起こる別の症状や疾病)をおこす。絨毛の組織が体の他の部位にうつって、そこでまた増殖してくる。場所は子宮の筋層や肺が多い。これが進行してくると大昔であれば死亡する病気です。ただし、お薬が発展して、この病気で亡くなる人はほとんどありませんが、手術の後の経過を注意してみていかないと、手遅れになる場合がある。退院して2-3ヶ月は1週から2週間に1度外来にきていただき、最低1年くらいは様子をみる。


1%は絨毛癌になる。

私は胞状奇胎について調べる中で上記の内容を知って理解していましたが、ここで改めて説明を受けた夫は「現実を見たようで怖かった」と話していました。
 

おわりに

「胞状奇胎の可能性があります」

2人目妊娠の期待にワクワクしながら受診した産婦人科でそう言われたとき、目の前が真っ暗になるように感じました。

 

以後、検索魔になり、たくさんの方のブログや体験談を参考にさせていただきました。

夫に「もう調べるのはやめたら?」と言われるほど・・・^^;

 

「命に関わる状態になるかもしれない」

と思うと、正直とても怖かったです。

 

当時はとっても落ち込んだりしたこともあったけど、でも今はとっても元気です!

毎日を元気に笑顔で過ごして、かわいい子どもたちがそばにいる。

本当にしあわせなことです。

 

私が体験したことが、誰かの役に立てたらうれしい。

そう思い、今回の記事を書かせていただきました。

 

長文をお読みいただき、ありがとうございました!

 

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ふとっちょママのハッピーライフ。

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